~ソフトウェア品質の向上とそこに関わるすべての方へ~ Software Quality Profession

1.品質

品質2.0経営~新・品質の時代を生きる~

東京大学大学院
工学系研究科
医療社会システム工学寄付講座
特任教授
飯塚 悦功


価値の提供

 「わが社のA関連製品の売上が最近思わしくありません」「どんな製品ですか」「例えば、○○、○○などです」「いや製品の種類や名前でなく、顧客にどのような“価値”を提供しているかお聞きしたのです」「価値?」「ええ、それらの製品を通して顧客に提供している価値です」「そんな風に考えたことはありません。私たちは製品を提供していると思っていました」「製品そのものではなく、製品を通して価値を提供しているのではないのですか。売上減は、提供できている価値が、顧客が期待している価値に合致しないからではないのですか」

品質の時代

 振り返れば、日本は戦後の復興がなった1960年ごろから四半世紀にわたり“品質立国”として高度経済成長を謳歌しました。それは心を込めて顧客価値提供に徹した経営の成果でもありました。1980年代初めにはジャパン・アズ・ナンバーワンなどとおだてられていい気にもなりました。そしてバブル経済に見舞われ、その後に味わってきた成熟経済社会の運営の難しさにまだ戸惑っています。打開のための有効な処方箋はあるのでしょうか。
品質立国日本が実現したのは、工業製品の大衆化による経済高度成長期が“品質の時代”だったからです。品質が競争優位要因であって、賢くも日本が“品質優等生”だったからです。品質が良いとよく売れます。品質が良いとスリムな効率的な管理が可能になります。その結果生産性が上がりコストが下がります。品質立国はこうして実現したのです。

 

品質中心経営

 バブル経済後の苦しみは、日本が成熟経済社会に移行し、それまでと異なる経営スタイルが求められているにもかかわらず、十分に対応できていないという国の経済構造、産業構造に原因があると言ってよいでしょう。
どのような時代にあっても、経営の目的が製品・サービスを通して顧客に価値を提供し、その対価から得られる利益を源泉として、この価値提供の再生産サイクルを回すことにあるという基本は変わりありません。品質とは、製品・サービスを通して顧客に提供される価値に対する顧客の評価を意味するなら、どのような環境にあっても“品質中心”すなわち“顧客価値提供中心”の経営が正統であることに変わりはないのです。

 

新・品質の時代

 「経営において品質が重要だということは重々承知しています」「それで何をしてきましたか」「品質中心をスローガンに掲げ、コストより品質、納期より品質に重点を置いて経営管理を進めてきました」「どんな品質を求めてきたのですか」「えっ、ですから品質第一です」「どのような品質特性を重視してきましか」「……」「お客様はその製品のどこを評価して買って下さるのですか。評価して下さる特性は変化していませんか」
この会社は、品質を真摯に追求してきたと言っています。しかし、追求すべき品質についての自分たちの仮説を見直すことなく追求してきたのです。いま私たちには、成熟経済社会という“新・品質の時代”にあります。新たな品質の時代に、新たな品質概念の確立とその方法論の構築をめざすべきではないのでしょうか。経営の目的である顧客価値の追求、その達成方法の確立に血道を上げるべきではないのでしょうか。成熟した経済社会における品質管理は、原則は以前と同じでも、目標とする品質の範囲とレベル、企画・開発プロセスにおけるポイント、技術の活用、パートナーとの関係などにおいて、高度成長期とは異なるはずです。

競争優位要因

 「どのような品質の製品を提供すべきか分かったとして、その事業で成功し続けるためにどのような能力が必要だと思いますか」「能力?」「そうです、能力です。顧客の視点で価値のある、競争力のある強い製品を提供するためにあなたの会社はどのような点が優れていなければなりませんか」「競争力?」「ええ、顧客価値提供において他社に比べて優れていなければ事業としては成功できません」「わが社には、いいところもありますが、弱みも……」「もちろんです。何もかも強いなんてことはあり得ません。しかし、その事業分野で強くなくてはならない側面については、他社より優れていなければなりません」「競争優位要因ということですね」「ようやく分かっていただけましたか」
どのような事業分野にも、その分野の特徴、すなわち製品に対するニーズの特徴、顧客の特徴、製品実現に関わる技術の特徴、業界の特徴などに応じて、事業で成功するために必要な組織の能力像というものがあります。ある事業ドメインで成功する方法は多種多様ですが、ある勝ちパターンを現実のものとするためには何かが優れていなければなりません。それが競争優位要因です。

品質2.0経営

 どのような時代でも、顧客価値中心という意味での品質中心経営が成功への道であることに変わりありません。しかし、目標とする品質は高度成長期と同じではありません。その目標品質を達成する方法の重点もまた従前と同じではありません。成熟経済社会に移行して、再び“品質の時代”を迎えました。しかし品質の意味は高度成長期に比べ広く深くなっています。現代は“新・品質の時代”なのです。現代の組織には“品質2.0経営”が求められているのです。経営の原点が組織的顧客価値提供活動にあるとの認識に立ち、品質中心、ひと中心、システム志向、自己変革などの行動原理に基づく品質マネジメントを推進して行くことが、いまとるべき道なのです。

プロフィール
飯塚 悦功(いいづか よしのり)
東京大学大学院工学系研究科医療社会システム工学寄付講座特任教授
1970年東京大学工学部計数工学科卒.1974年修士修了.電気通信大学助手,
東京大学助手,講師,助教授を経て工学系研究科教授.2008年より現職.
専門は品質マネジメント,とくにTQM,ISO 9000,構造化知識工学,
医療社会システム工学,ソフトウェア品質,原子力安全保証.
日本品質管理学会元会長,デミング賞実施賞小委員会委員長,
TC176日本代表,SESSAME理事長,JUSE/SQiP委員長.
2006年度デミング賞本賞受賞
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