組込みスキル標準ETSS(Embedded Technology Skill Standards)の適用事例紹介
横河ディジタルコンピュータ株式会社
経済産業省担当部長
独立行政法人 情報処理推進機構
ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)
組込み系プロジェクト 研究員
室 修治
はじめに
「未曾有の」あるいは「100年に一度」といわれるような厳しい経済情勢のなか自動車関連産業、情報家電等日本経済の牽引役である産業も大きな打撃を受けています。しかしながら中長期的にみて我が国がいわゆる組込み製品開発の分野に大きな期待があることは不変のことのように思われます。
ETSSは経済産業省の組込みソフトウェア開発力強化推進委員会において、組込み製品開発の重要な課題である組込みソフトウェアの開発力強化のための人材育成と人材活用の実現を目指し策定されています。本稿ではETSSの適用についてご紹介していきます。
ETSS概要
ETSSは「スキル基準」、「キャリア基準」、「教育研修基準」により構成されています。 "組込みソフトウェア開発に関わる人材"を考えるためにはまず組込みソフトウェア開発に必要なスキルを明確にする必要があります。「スキル基準」は組込みソフトウェア開発スキルを体系的に整理するためのフレームワークを提示します。「キャリア基準」では、組込みソフトウェア開発に関する職種・専門分野の役割の遂行にどのようなスキルが求められるかを表現するため、スキル基準にて定義されたスキルを利用します。「教育研修基準」では教育プログラムで履修する内容がどのようなスキルに対応するかをスキル基準で整理されたスキルを用いることで対象とする教育範囲やレベルを具体的に表現します。このように、「キャリア基準」や「教育研修基準」は、「スキル基準」で整理されたスキルとそれぞれ関係を持つことになります。
図1 ETSSの構成
ETSSの適用
ETSS策定の目的を「人材活用」と「人材育成」であるとはじめに述べましたが、より現場に即した表現に変えると限定的ではありますが「開発者・組織の保有している(あるいは必要とする)スキルの把握」と「教育」ということができます。人材を外部に求める場合も可視化されたスキルがあれば適正な人材像を示すことができます。図2はETSSを利用した人材マネジメントサイクルのイメージですがスキルを把握するために「スキル診断」を実施しその結果をもとに「教育」計画を立て実施していきます。教育の達成度評価のために再度「スキル診断」を行い次の教育サイクルへと進めていきます。このようにETSSの適用ということを考えていく場合まず「スキル診断」が必須となってきます。
図2 ETSSを利用した人材マネジメントサイクルのイメージ
スキル診断
スキル診断を行うためにはまず診断したいスキルを定義します。定義したスキルをスキル診断シートとして対象者に配布、記入(項目ごとのスキルレベルの回答)していただき回収します。回収後個人、組織での着目点に沿う形での集計・グラフ化・分析等報告資料を作成するという流れになります。
スキル定義
ETSSスキルフレームワークは図3の構造となっています。縦軸にスキルカテゴリ、横軸にスキルレベルを判断したい粒度まで細分化していくために階層を設定できるような構造です。図4のスキルカテゴリで見られるように、『組込みシステム製品を開発する際に「技術要素」を構成要素として、「開発技術を用いて」開発を行い、「管理技術を駆使して」開発プロジェクトを管理する』ととらえ3つのカテゴリとしています。階層化は例えば技術要素であれば通信技術がある、通信技術の中には有線/無線があるというかたちで細分化していきます。
図3 スキルフレームワーク
図4 スキルカテゴリ
ある業界団体のスキル定義ではその業界特有の技術要素を4つ目のスキルカテゴリとして定義しました。ETSSは考え方のフレームワークを提供するものでありこのような拡張についても制限を設けるものではありません。
またスキル定義が総花的なものになることにも注意する必要があります。範囲を決めないで組込み製品にはどんな技術要素が必要かを挙げていくと際限がなくなります。自分たちのスキル定義には現在およびある程度見えている将来必要となるスキルまでに留めておくべきでしょう。上記とは別の業界団体の例では技術要素から計測・制御を抜いてあります!
スキルレベルの考え方
ETSSでは、スキルとは作業の遂行能力を指し、「~ができること」を表現するものであり、知識を有するだけではスキルとは扱わないとしています。
また、ETSS では技術項目ごとに作業遂行能力の期待値(ポテンシャル)を4 段階のスキルレベルで表現します。ETSS のスキルレベル1(初級)~3(上級)は、確立された技術に関する作業遂行能力の度合いを定義し、それに加えて技術革新(イノベーション)を推進できる能力を評価するために、最上級のスキルレベル4を定義しています。
- レベル4:最上級 新たな技術を開発できる
- レベル3:上級 作業を分析し改善・改良できる
- レベル2:中級 自律的に作業を遂行できる
- レベル1:初級 支援のもとに作業を遂行できる
図5は各スキルレベルが対応すべき業務について、入力(業務の前提として期待できるもの)、処理(実現すべき業務)、出力(成果として期待されているもの)として整理したイメージです。
図5 スキルレベルごとに期待される成果物(出力)
実際のスキル診断は判定したいスキルに細分化された項目ごとにスキルレベルを判定していくことになります。図3のスキルフレームワークをスキル診断シートと仮定してスキル診断を行ったイメージを図6に示します。
図6 スキル診断結果イメージ
ある開発者個人を見た場合すべての項目について同じスキルレベルになることはほとんどないでしょう。図6にあるようにスキルレベルの高い(=得意な技術)領域、低い(=不得意な技術)領域が分布として見えてくるはずです。本稿では説明を割愛していますが「キャリア基準」で説明している「職種」および「職種のレベル(キャリアレベル)」の定義にはその職種が持つべき典型的なスキル分布として関連付けされています。このようにみていくと「あの人はレベルXの人だ」とか「レベルYの人が何人欲しい」という表現では正確に表せていないということが納得いただけるのではないかと思います。
スキルレベル判定の課題
スキル診断実施時の大きな課題として、個人や組織でスキルレベルの捉え方に高低のばらつきがでてしまうことがあげられます。例えば仮にまったく同レベルのスキルを持った複数の人がある人はレベル1、ある人はレベル2と申告するといったことが起こります。診断精度に最も影響するところですので注意が肝要です。このようなばらつきを抑えるために「教育」、「試行」で対応している場合が多いようですが、スキル項目内の要素をポイント化しその合計ポイントで自動的にスキルレベルが決定できる等の工夫も考えられています。また実際の診断結果を精度向上の側面からパブリックに活用できるような仕組みの構築についても調査を開始しています。
スキル診断結果の利用
スキル診断項目はそれなりの分量になるため また組織のスキルの状況を見るためには組織内メンバのスキルの集合が必要となるため相当な情報量となってしまいます。スキル診断結果を利用しやすくするためには可視化(グラフ化)が有効です。本稿のまとめとしてスキル診断結果をご紹介しておきます。
図7 組織全体のスキル
図7は組織全体のスキルをグラフ化した例です。小さくて見づらいですが横軸にスキル定義の第1階層、縦軸に人数をプロットしています。総数が揃わないのは「未経験もしくは確認可能な実績なし」の場合スキルレベル0としカウントしていないためです。山が低い場合スキル保有者が少ないということになります。またスキルレベルごとの分布も見てとれますので適正なメンバが配置されているかどうかの判断も容易です。
図8 生産性の高低によるスキル分布差
(グラフ中の 赤線:スキルレベル3、青線:スキルレベル1)
図8は生産性の高低(ここではC言語 230行/1人月を境界としている)によるスキル分布を比較したものです。生産性の高いグループではあるスキル項目にレベルの低いメンバよりスキルレベルの高いメンバの方が多く属しているのがわかります。また生産性の低いグループでは高いグループに比べあるスキル項目にスキルレベルの低いメンバが相対的に多く属していることが見てとれます。一般に「スキルが高ければ生産性は高い」というのは当然とも言えますがこのようなアプローチをしてみるとどのスキル項目に注目してメンバを揃えるか、あるいは教育のポイントはどのスキル項目かということがまさに可視化されます。
最後に
本稿ではごく簡単にETSSの概要と適用についてご紹介しました。SECでは今後ともETSSの普及のための活動を行って参ります。企業・業界団体等での実証実験も行っており適用の実際、ノウハウの蓄積を進めています。SECから情報発信して参りますが、機会がありましたらまたこちらでもご紹介していければと考えています。今後ともSECならびにETSSの活動へのご協力をお願いしつつ筆を置きたいと思います。ありがとうございました。
参考資料
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)
ETSS-組込みスキル標準のご紹介
http://sec.ipa.go.jp/ETSS/index.html
書籍(SEC BOOKS)ご紹介
組込みスキル標準 ETSS概説書[2008年度版]
組込みスキル標準 ETSS導入推進者向けガイド 他
http://sec.ipa.go.jp/publish/index.html