ソフトウェア開発に関わる全ての方に捧ぐ:SQiPシンポジウムは「参加者」のもの
株式会社NTTデータMSE 品質管理グループ
主任技師 堀 明広
はじめに
SQiPシンポジウムは,ソフトウェア品質に関しては日本で最大規模の会議です。SQiPシンポジウム2009は,2009年9月10日(木)~11日(金)に東洋大学 白山キャンパスで行いました。今年は,初めての試みとして,シンポジウム前日の9月9日(水)には"基本を学び直す・整理し直す"をキーワードに「ハーフディ・チュートリアル」も実施しました。裏方の模様も交えながら,私自身,一参加者の視点からSQiPシンポジウム2009を振り返ってみたいと思います。SQiPシンポジウムの雰囲気がお伝えできれば幸いです。
SQiPシンポジウム2009のメインテーマ:「現状打破」に込めた思い
「ソフトウェア・エンジニアリング」という言葉が生まれてから,既に何十年という月日が流れてきています。ソフトウェア開発の品質向上,生産性向上のため,あらゆる角度から研究がなされ,各所で実践されてきた知見が世に出され,共有・蓄積されてきています。この取り組みは今後も一層,加速して発展していくことでしょう。SQiPシンポジウムは,この一翼を担うものと,自負しております。しかし,ソフトウェア開発に関わる技術は進歩していても,ソフトウェア開発の現場では,閉塞・行き詰まりの状況に面しているところもあるのではないでしょうか。
- 何を,どうすれば分からない(ヒントは既に世に出されているものも多いが,それを知らない)
- 何を,どうしたら良いか分かっているが,出来ない(色んな事情もあるけど,だから,どうする?)・・・
このような現状を打ち破る・乗り越えるためのきっかけを提供したい,参加者の方々にはそれぞれ「何か」を掴み,持ち帰って活かしていただきたい,そんな思いを「現状打破」という言葉に込めました。
2009年9月9日(水)PM:「ハーフディ・チュートリアル」
13:00~17:00までの4時間みっちりと,以下の6つのテーマを並行同時進行で"基本を学び直す・整理し直す"ことを主眼に「ハーフディ・チュートリアル」を実施しました。
1.派生開発(XDDP) | :清水 吉男氏 (システムクリエイツ) |
2.フォーマルメソッド | :服部 彰宏氏 (富士ゼロックス) |
3.非機能要件/要求開発 | :山本 修一郎氏(NTTデータ) |
4.テスト戦略・テスト計画 | :湯本 剛氏 (豆蔵) |
5.オブジェクト指向設計・モデリング | :小井土 亨氏 (OSK) |
6.セキュリティ | :雨宮 吉秀氏 (日本アイ・ビー・エム) |
私は湯本 剛さんの「テスト戦略・テスト計画」のセッションに参加しました。湯本さんは,JaSST(ソフトウェアテストシンポジウム)等々,様々なフィールドで活躍されている有名な方ですので,ご存じの方は多いと思います。このセッションで,私としては「テスト分析」の重要さを,学ぶことが出来ました。何事もそうですが,基本を押さえ,きっちりと実施することは,重要で,かつ,とても難しいですね。これからも地道に,一つ一つ取り組みしていきたいと思った,思わせてくれたセッションだったと思います。「ハーフディ・チュートリアル」での講義資料は,公開可能なものは以下のwebに掲載しています。
一般発表や企画セッションの資料もあります。是非,参考にしてください。
http://www.juse.or.jp/software/83/
一日目:10:00~10:15:「オープニング」
9月10日から,SQiPシンポジウムの「本会議」のスタートです。プレゼンターは例年どおり,SQiPシンポジウム委員長の小笠原秀人さん(東芝)。昨年のSQiPシンポジウム2008では,照明やプロジェクタの調整がギリギリまでかかったので冷や汗をかきましたが,今年は昨年の反省から準備していたので,順調な滑り出しを切ることができました。
一日目:10:15~11:45:基調講演「プロセスと改革とリスクのバランスをとる」
Mark.C.Paulkさん(カーネギーメロン大学)による基調講演。Mark PaulkさんはCMMの産みの親です。現在はカーネギーメロン大学での研究活動の他にも,ご自身のコンサルタント会社で研究モデルの実践・普及に取り組んでいらっしゃいます。詳しいプロフィールを知るには,以下のサイトが良いと思います。
http://www.cs.cmu.edu/~mcp/
この基調講演で質疑応答があったのですが,その中で「創造は,摩擦と意見のぶつかり合いから生まれてくることがある」という趣旨のお話がありました。ギリギリまで考えて,苦し紛れに案出したものがとっかかりになったことが,私の体験でもありますので,ここにとても共感し,印象に残っています。
一日目~二日目:「一般発表」「招待講演」
今年は23件の一般発表がありました。SQiPシンポジウム委員会では,論文応募をいただけるかどうか,毎年ドキドキしながら待っているのですが,今年は予想以上にたくさんのご応募をいただきました。特に昨今の大不況の環境下でのご応募でしたので,本当に感謝しております。この場をお借りして,お礼申し上げたいと思います。本当に,ありがとうございました。(来年のSQiPシンポジウム2010でも,是非!)また,昨年の「SQiPシンポジウム Award」を受賞された加藤由之さん(デンソー)と小池利和さん(ヤマハ)をお招きし,招待講演をいただきました。私もいくつかのセッションを受講し,一部のセッションでは司会をさせていただきました。発表を聴いていてまず思ったのですが,皆さん,プレゼンテーションが本当に上手ですね。プレゼンと言うよりは,日頃の努力の成果を,熱っぽく語っている,という印象です。本欄では,一件一件のポイントを書くことが出来ないので,前述していますが以下のwebに発表資料を掲載していますので,是非,ご覧になってください。(我ながらしつこい)
http://www.juse.or.jp/software/83/
一日目~二日目:「チュートリアル」
今年のチュートリアルは,以下の3つです。
- 1.顧客満足と開発者満足を両立するためのソフトウエア品質保証
:保田勝通氏 (つくば国際大学) - 2.ソフトウェア品質保証、「高い成熟度」の意味を理解する
:Mark.C.Paulk氏(カーネギーメロン大学) - 3.JCSQE初級資格対応:ソフトウェア技術者のための品質技術基礎
:野中 誠氏 (東洋大学)
私はどのチュートリアルにも参加できなかったのですが,アンケートの結果を見ると,何れも大変好評だったようです。保田先生のチュートリアルは,SQiPコミュニティの有志で各所で勉強会が催されている「ソフトウェア品質保証入門」に非常に関連あるものです。Mark.C.Paulk氏のチュートリアルは,基調講演の内容から更に踏み込んだものだったようです。野中先生のチュートリアルは,2008年12月に新設された「ソフトウェア品質技術者資格制度」(JCSQE:JUSE Certified Software Quality Engineer)に対応したセミナーに基づいているものです。このセミナーは、10月に開催しましたが、次回は2月に開催する予定です。興味のある方は、以下のサイトをご参照ください。
http://www.juse.or.jp/seminar/14135/
一日目15:40~17:10:「企画セッション」
SQiPシンポジウム本会議の一日目,発表の部の最終は「企画セッション」です。「企画セッション」は,SQiPシンポジウム委員会が提供するセッション。今年は昨年より30分延長し,90分枠にしました。テーマは以下の4つです。
1.「組織成熟度」の壁を破る | :誉田 直美氏(日本電気) |
2.「レビュー」の壁を破る | :森崎 修司氏(奈良先端科学技術大学院大学) |
3.「根本原因分析」の壁を破る | :金子 龍三氏(プロセスネットワーク) |
4.「定量化」の壁を破る | :古山 恒夫氏(東海大学) |
私は古山先生の『「定量化」の壁を破る』のセッションの司会をしました。元々の予定では司会は私以外の方が担当することになっていたのですが,当初の予定の方が体調を崩され,急遽,ピンチヒッターです。当日になって,楽屋で古山先生のご紹介の段取りを錬りました。ドキドキです。
古山先生のセッションは以下のスライドから始まりました。
定量化の壁はどこにあるか?
・定量化の意義が分からない(Why?)
・開発で手いっぱいだ
・測定や分析の時間がもったいない
・開発のじゃまになる
・何をどのように測定すればよいか分からない(What&How)
・統計学って何? ごまかしじゃないの?
・分析結果なんて現場の感覚と違うよ
古山先生は講義の中で,分析の作法・前提条件,留意事項を,様々な事例を交えながら解説されました。私は勤務先ではプロジェクトの品質管理を担当しているのですが,ソフトウェア・メトリクスは様々な道具の一つとして,日常的に使っています。しかし自分の仕事でまだまだ踏み込みが足りないと思うところがあっただけに,大変,参考になるセッションでした。
一日目17:30~19:00:「SIG」
SIGとは「Special Interest Group」の略で,日本語にすると「同じ興味を持つ人たちの集まり」という意味です。SQiPシンポジウムでは「見る・聴く・話す・考える」をポイントの一つとしています。参加者はただ人の話を聴くだけでなく,「自らも意見を発し,伴に考えること」をSIGの狙いとしています。SIGはテーマ毎にグループ分けし,モデレータのコーディネートの元でディスカッションします。昨年のSQiPシンポジウム2008では,東洋大学の広いカフェテリアで,グループ毎に島を作り,ディスカッションしました。昨年のアンケートの結果,他のグループの議論が白熱すると,発言者の声が聞き取りにくいというご意見がありましたので,今年は,グループ毎に教室を分け,別々で議論するようにしました。私は「SQuBOK」のグループに参加しました。 議論の中,SQuBOKの使い方で面白い意見も出され,これからのSQuBOK改版に役立てていただけるようです。あっという間の90分でした。SIGの後は情報交換会です。先ほどのSIGの延長戦をしている方あり,旧交を温めている方あり,新しく知り合った方同士で語り合う方ありで,皆さん楽しそうでした。
二日目9:30~11:00:特別講演「ル・マンで体験、工学の楽しさと奥深さ ~課題突破力を創造する新しい工学教育」
シンポジウム本会議2日目,最初のセッションは,東海大学 林義正先生による特別講演から始まりました。最近のSQiPシンポジウムの特別講演は,ソフトウェア開発業界とは異業種の方にご講演をお願いしています。林先生は,自動車のエンジン開発がご専門で,この分野では世界的な権威です。ご講演のタイトルにあるように,林先生が教鞭と取られている東海大学では2008年,かの「ル・マン24時間耐久レース」に,大学チームとして世界で初めて参戦するという偉業を成し遂げられました。その模様は以下のwebサイトをご覧ください。
http://www.u-tokai.ac.jp/lemans/2008/index.html
ご講演では,ル・マン参戦の準備段階からレースでの実戦の模様とその後の取り組みを,ビデオ映像も交えながら紹介いただきました。この取り組みを通じ,「課題突破力」「本物の方針」「人材育成」について解説いただきました。ビデオ映像では,林チームの学生さんがメーカーワークスと同等にピットクルーをこなしているところも映し出されました。レースの結果は大変残念ながら,あと少しのところでリタイアでした。学生さんたちが感極まって涙を流している姿を見て私は,物作りの素晴らしさと魅力を,改めて感じました。
二日目16:10~17:40:クロージング・パネル「ソフトウェア技術者・管理者人材の育成とSQiPシンポジウムの役割」
SQiPシンポジウムの最後を締めくくるクロージング・パネルディスカッションのパネリストは以下の方々です。
パネル司会 | :大場 充氏 (広島市立大学大学院) |
パネルメンバー | :今井 良彦氏(パナソニック アドバンストテクノロジー) |
富野 壽氏 (構造計画研究所) | |
西 康晴氏 (電気通信大学) |
クロージング・パネルは,シンポジウムを総括する重要な位置付けにあると,私は考えています。このセッションを私はいつも楽しみにしているのですが,セッションの直前,私は今年のAward選出の選考をしていたので,途中から聴講しました。(運営側は聴きたいセッションが中々聴けない)私がこのセッションの会場に入った時は,議題は開発部門と品質管理部門の関係について,西先生が意見を述べられているところでした。西先生曰く「品質管理部門は,開発部門を尊敬していますか? 開発部門は,品質管理部門を頼りにしていますか?」言葉は正確ではないかもしれませんが,こういった趣旨のお話を,西先生は仰っていました。私は職場では品質管理部門に相当する部署に所属していますが,品質管理部門は,開発部門と対立的な位置にいるのではなく,開発部門を支援するために存在するものと思っておりますので,西先生のこの言葉には共感します。
最後に
私がSQiPシンポジウムに運営側で参加するのは,2008年から2回目です。SQiPシンポジウムは1年かけて準備しているのですが,シンポジウムの全体構成を考える企画会議では,夕方から夜遅くまでかかったこともありました。度々,夜半に電話会議で議論することもありました。仕事をしながらですので,スケジュール的に大変なこともありましたが,苦労に思ったことは一度もありません。参加者アンケートに激励のお言葉があると,本当に嬉しいですし,前向きなご意見,おしかりのお言葉があると,これを元に来年はもっと良いシンポジウムをお届けしようと,ファイトが湧いてきます。この原稿を書いているこの時も,既にSQiPシンポジウム2010の第一回開催通知がやってきました。来年もSQiPシンポジウム委員会はがんばります。皆さん,「SQiPシンポジウム2010」に期待していてください! 論文応募,よろしくお願いいたします!