コミュニティ活動を活用した人財成長
~QuaSTomを活用して成長しよう!~
高品質ソフトウェア技術交流会(QuaSTom)幹事会
山田 忠弘 ・ 南 有美 ・ 小林 直子
1.はじめに
QuaSTom(高品質ソフトウェア技術交流会)はカスタムと呼び、ソフトウェアの高品質化を追求する会員が自主運営をする任意団体です。現在会員数は130名で、今年設立19年目を迎えます。会員はソフトウェアの開発技術者(エンタープライズ・組込み)、品質保証担当者、プロセス改善担当者、研究者など産学官問わず様々な立場、また年齢層の会員が参加し、ソフトウェア産業界における各種技術動向や会員が抱える問題解決のための研究活動を実施しています。本稿ではQuaSTomにおける"人財"の成長について、QuaSTomでの活動事例を交え紹介します。
2.ソフトウェア開発の課題と人財育成
~教育手段としてのコミュニティ活動~
組込み・情報システムを問わず近年、システムや製品の差別化を図るための多機能・高性能化要求に伴い、それを実現するソフトウェアがシステムや製品の価値を左右する重要な要素となっています。また市場競争の激化に伴い、開発期間の短縮や高品質・低コスト化、また絶え間ない新技術への対応要求もより一層高まっています。このような状況は、結果としてソフトウェアの大規模・複雑化、また開発プロジェクトの巨大化を招き、開発現場の慢性的な人材リソース不足を引き起こしています。
これを解決するために、各企業においても人材育成へのニーズが高まり、最近では各種スキル標準(ITSS/ETSS/UISS)を活用した技術者の育成・教育への取り組みも広がりを見せています。つまり「人」をモノづくりの元として用いる材料や資材としてではなく企業の財産、「人財」として捉え育成するという考え方(以降、人財と表現する)が広く浸透し、企業の財としての「人財」に対する育成・教育への関心が高まっています。
教育には大きく分け3つの実施形態があり、それぞれ教育の目的に応じ適切な形態を選択します。その代表的な形態として、講師と複数名の受講者が対面形式で講義を行う「講義型」、OJTやワークショップや演習に代表される「実習型」、通信教育やeラーニング等の「自習型」があります。ここで注目したいのは、各種スキル標準においても「コミュニティ活動」が上述の形態を補完する一つの教育形態として位置付けられている点です。つまり社内外のプロフェッショナルとの技術交流によって、あるいは産業界における標準化活動や若手技術者育成等の社会貢献を通じて技術者自らのスキル・知識を向上させる場としてQuaSTomのようなコミュニティ活動そのものが定義されているのです。これは、近年に見られる技術の進歩や情報流通量の増加と加速化に伴い、これまで社内にあった人財の成長モデルや情報を社外に求める傾向が強くなってきていることとも深く関係しているのかもしれません。
ソフトウェア産業界においても様々な形態のコミュニティ団体が存在しています。例えばLinuxに代表される特定の要素技術に係る研究や普及促進を目的とした団体、あるいは組込みソフトウェアの管理者・技術者育成を目的とした団体、ソフトウェアテスト技術者の情報交換や技術向上を目的とした団体等、様々です。いずれの活動も特定の職種や役割、また対象とする技術領域を明確に限定し、活動しているという点では共通しています。
このような数あるコミュニティの中において、QuaSTomは、「ソフトウェアの品質」という技術領域については限定していますが、職種や役割については限定していません。したがって、参加者も必然と広範囲に及びます。その中でQuaSTomの活動の大きな特徴は「ボランタリーな活動であること」、また「実践的な研究の場であること」です。ボランタリーというのは無償という意味ではなく、会員による自主的な活動が行われているということです。また研究活動の多くは高尚な理論ではなく、実際の開発現場で使える泥臭い実践的な研究と本音の討論が中心になっています。
ボランタリーで実践的な研究活動を通じ、結果として技術者個人の成長に繋がる、それがQuaSTomでの人財成長です。以降では、コミュニティの運営側(幹事会)およびその活動に参加する技術者の視点から、コミュニティ活動における技術者の成長とその実際について、QuaSTomでの活動の具体事例を交えながら紹介します。
3.コミュニティ活動を活用した技術者の成長
~運営側(幹事)視点から~
QuaSTomは会員の自薦・他薦によって選出された幹事が企画・運営を実施しています。幹事の主な役割は年7回の例会の開催と分科会運営の支援です。
QuaSTomの活動には大きく分けて2つの形態があります。まず年7回開催される例会では、毎回30~40人の会員が参加し、ソフトウェア品質に関連する様々なテーマについての講演会や会員による事例紹介が行われます。いずれも演習やワークショップ形式を加えた会員同士の討論が半分を占め、毎回熱い討論が活発に行われます。一方、月単位で開催される分科会では、毎回10~15人の会員が参加し、年間を通じて特定のテーマ(現場改善、プロジェクトマネジメント、コーチングなど)について研究をしています。こちらは研究と討論が中心です。
例会でのチーム発表の様子
以降では、私がQuaSTomの会員として、また幹事として活動をすることにより得られた経験およびスキルについてご紹介します。
私がQuaSTomに入会したのは職場のソフトウェア開発業務の改善推進担当となった時でした。何をどのように改善すればよいのか、右も左もわからず悩んでいた際に、会社の先輩からQuaSTomを紹介されました。例会や分科会に参加している先輩会員の方の自発的な行動や積極的に討論に参加する姿は、とても楽しそうで生き生きとしていて最初はそれを見ているだけで元気が沸きあがりました。そして、いつからか自分も同じように参加したい、と思うようになり討論では積極的に発言をしたり、職場での改善活動の発表に挑戦するようになりました。また、職場では講演会の内容を実際の業務で試行し、その結果をQuaSTomにフィードバックすることで、新たな改善の機会を得るというQuaSTomの活動と職場を繋げるPDCAサイクルもできるようにもなりました。このように一人の会員としてQuaSTomへ参加することで、改善スキル、またコミュニケーションスキルの向上に繋がりました。
そしてQuaSTomに参加し始めて半年が過ぎた頃、副会長から幹事になってみないかとお誘いいただきました。私の幹事に対する印象は、「ソフトウェア業界で活躍しているすごい方たちの集まり」でした。というのも、私がQuaSTomに入会して初めて参加した例会で、ソフトウェア業界で非常に著名な講師の先生と会話をする姿や、大勢の会員の前でスムーズに司会進行をする姿、また私自身が半分も理解できなかった講演会の内容をわかりやすく簡潔にまとめて報告をする幹事の方の姿を見たからです。すごい方たちが運営しているんだ、と驚いたのを今でも覚えています。このような印象を持っていましたので、最初は「自分なんかでいいんだろうか? 皆さんに迷惑かけるのでは?」と消極的に考えました。しかし積極的にQuaSTomの活動に参加してきた自分の行動が認められたのがうれしく、自分が成長するチャンスかもしれない、と考え幹事に立候補しました。QuaSTomに入会する前の自分であったら、恐らくチャンスとも考えられず引き受けなかったと思います。
幹事になって最初の一年は例会の副担当として、また翌年からは例会の主担当として、テーマの決定から講師の方との調整等の準備、そして実施後のフォローまでを実施できるようになりました。 また会の進行や報告など会員の前で話をする機会が増えることで、短時間で、言いたいことをわかりやすくまとめ相手に伝える訓練ができ、プレゼンテーションスキル向上にも繋がっています。さらに幹事を担当する中でもう一つ大事なことを学びました。それはどんな作業であっても、前向きに楽しんで取り組む姿勢です。その姿勢が本人だけでなく、周囲の人も含めて活気のある職場にすることができるということを先輩幹事の行動を見て学びました。幹事を担当するようになってから職場の同僚から「毎日楽しそうに仕事してるね」と言われるようになり、結果として改善推進がスムーズに進められることがありました。これは私の行動を見た上司や同僚が改善活動に賛同してくれた結果だと思います。
一昨年の秋、会長から副会長を引き受けてくれないかと薦められました。その際、副会長としての責任を負うことで、これまでより1歩先を見て活動することができると考え「是非やらせてくださいと」即答しました。入会当時は、QuaSTomの幹事イコールソフトウェア業界で活躍する凄い方」と思っていましたが、実際には幹事を担当することで、ソフトウェア業界で活躍できるような凄い人になれるんだ、と今では思います。これからもQuaSTomの活動を通じて、業務で活かせるように成長していきたいと思います。
4.コミュニティ活動を活用した技術者の成長
~会員(技術者)視点から~
「社内での行動には限界がある。しかし、自発的な行動を起こす勇気がない。」
私の所属する組織では、3年ほど前までWG(Working Group)という活動により、社内業務の改善を行う取り組みが実施されていました。活動内容は残業撲滅や見積り手法の検討、資産管理に至るまで、グループごと多岐に渡り、活動の多くは書籍やWebサイトの検索から得た情報を最大限活用した改善活動でした。
しかし、私自身がFP(Function Point)法啓蒙チームでリーダーを任され、改善を進めている中で自然と「トヨタの改善活動は有名だけど、他社の取り組み事例や考え方を社内の改善活動に取り入れる方法はないのだろうか?」という思いが強く募ってきました。そんな思いの中ある時、日経SYSTEMSの「社外コミュニティに参加してみよう」という記事を見つけました。記事の中では様々なコミュニティ活動の紹介が掲載されていましたが、QuaSTomのページではガッツポーズの会員の集合写真が非常に印象的で「何かを変えられるきっかけになる!」と確信し、QuaSTomへ入会してみることにしました。
初めての例会参加当日は、「敷居が高そう」「恥をかくかもしれない」という不安でいっぱいでした。というのも私自身「開発技術者」ということもあり、これまであまり情報交換等で社外の方と接する機会がなかったからです。しかし「ようこそQuaSTomへ!京都からだなんて遠くからありがとう!」という幹事の笑顔いっぱいのひと言で不安は一掃されました。
例会は会員のニーズに応じ、「品質」をベースとしたテーマ(ソフトウェアエンジニアリング、プロジェクトマネジメント、プロセス改善、コミュニケーション等)が設定されています。その中で、私自身が毎回例会に参加することで成長を実感できているのが「コミュニケーション力」の向上です。
QuaSTomの例会は、講演会であってもその中で必ずディスカッションの時間が設けられ、毎回会員間の熱い議論が交わされています。したがって、その場の雰囲気が必然と私自身を「話さないと損!」という気持ちにさせてくれ、積極的な発言へと繋がっています。また議論においては、ある1つのテーマに対し会員からは多種多様な視点の意見や見解が出されます。それらの新しい視点を取り入れながら私自身の考えや意見を纏め、それを的確にメンバーへ伝えることで「コミュニケーション力」だけでなく「思考力」も自然と身についてきたように感じられています。このように恥ずかしがらず、自発的に自分の考えを相手に伝えることの大切さを、例会での議論を通して学び取ることができています。
以上のようなQuaSTomでの活動をとおして、現在社内では例会で持ち帰った資料を社内掲示板で共有しています。また、社内コミュニティを立ち上げ、現場メンバーと共に開発段階の品質メトリクスの検討や、工事進行基準に係る見積もりの議論を行う等、社内のソフトウェア品質向上のための改善活動を主体的に推進しています。これまで躊躇していた「最初の一歩」を踏み出すことができたことにより、困難があっても前向きに取り組もう、という自主性が養われてきていることを実感しています。今後もQuaSTomでの活動、またQuaSTomで得た幅広い知識やノウハウを社内へ展開する活動をとおして私自身もより一層成長したいと思います。そして、社内においても「新たな視野で物事を発見する楽しさ」を共有することで、より多くの社員に「気付き」を与え、相互に成長していけるような活動を繰り広げていきたいです。
例会:工場見学(JAL機体整備工場)での様子
5.おわりに
これまでQuaSTom人財育成の実際について、QuaSTomの活動事例と共に紹介してきました。QuaSTomというボランタリーで実践的なコミュニティ活動の場が教育の一手段として技術者個人の成長に繋がっている点について、ご理解いただけましたでしょうか?
QuaSTomのようなコミュニティ活動は、社内外のプロフェッショナルとの技術交流により、ソフトウェアの開発技術に限らず、コミュニケーションスキルやプレゼンテーションスキル等、ソフトウェアの開発技術者に必要な幅広いスキルを獲得することができる1つの場でもあります。今後教育の実施形態の1つとして、また技術者個人のスキルアップの一手段として、コミュニティ活動を取り入れてみては如何でしょうか?